しんばし通

Shinbashi Expert しんばし通

[第一幕] 新橋の過去・現在・未来

第3回 やきとり、パチンコ、中華そば。火事とけんかは…それでも「ひばり」は来なかった


 今のニュー新橋ビル周辺は木造の小さなお店が迷路のように立ち並び、焼き鳥屋の隣にはパチンコ屋、その隣が中華屋、そして洋品店、おもちゃ屋の二階にスナックなどなど統一性のかけらも無いまさに元祖雑居街でした。そしてこれが戦後の新橋の特徴であり、大人たちは行きつけの店などに足しげく通い、子供達は飲食街をローラー・スケートで走り回ったり、桜田小学校の校庭や空き地を見つけては竹バットで三角ベースをしたりして遊んでいたのです。そんな焼き鳥屋の煙が漂うなか、春日八郎や美空ひばりといった流行歌手の「別れの一本杉」とか「お富さん」、「りんご追分」「越後獅子の唄」などのヒット曲が街に流れ、ボヤ騒ぎがしょっちゅうあり、おなじみさんにはくつろげる楽しい街なのに一見さんにはちょっと戸惑う、仕事帰りの飲食街新橋の原型が出来上がりました。ちなみに、当時の流行歌手達はレコード屋さんによく挨拶に来たようですが、美空ひばりだけは特別で来なかったそうです。「あの悲しき口笛」から「みだれ髪」「川の流れのように」などを聞くと演歌嫌いだろううがなんだろうが感動ものですよね。ちょうど野球の好き嫌いは別にして長嶋のプレーに多くの人が感動するようなもの。やはりスーパースターは違いますね。それにしても新橋というのは一言では言い表せない、雑然としていて、懐に入ると人情があって、そんな新橋も今やチェーンのありきたりのお店が増えてきて面白みが減ってきたという声が聞かれます。コンビニやファースト・フードはどこにでもあって便利だけれど、庶民性の中にこだわりを持っている個店が少なくなるのは寂しいですね。スッキリしていて見通しがいいのが安全で快適な街と思っている人が増えているけれど、一見雑然としていて中に入るとこだわりがあって奥が深いお店や街のほうがいつまでも飽きられないものです。ちょうどひばりや長嶋さんが今でも受け入れられているように。また銀座や京都が飽きられないように。そのにあっても、そんな懐の深い街を目指して温故知新。

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