しんばし通

Shinbashi Expert しんばし通

[第一幕] 新橋の過去・現在・未来

第5回 桜田小学校と縁日、「ばあちゃん家」は子供たちの憩いの場


 現在の桜田公園は創立100余年の港区立桜田小学校としてたくさんの卒業生を輩出して きました。昭和33年代には1学年100人以上が石炭ストーブと脱脂粉乳とコッペパンでひし めき合っていた教室も、平成に入ると極端に子供の数が減り、統廃合の流れに逆らえず 多くの卒業生の思い出の中で遂に小学校としての役目を終え、桜田公園として、生涯教室 ばるーんとして生まれ変わりました。

 今昭和30年代が注目されていますが、あの頃の東京新橋では大人達は来るべき高度成長 期に向かって活気付いていました。縁日の日には元祖フーテンの寅さん達が小学校の周り に店を張り、中には怪しげな蛇を使ったがまの油売りや快速暗算法、わけの分からない 手品師などが講釈を競い、夜遅くまでにぎやかでした。一方子供たちの知らないところで 大人達は「ヒロポン」を打っているらしい、というのが悪ガキ連中の合言葉。そんな子供 達の溜まり場は近所の駄菓子屋、俗に言う「ばあちゃん家」。ラムネやソースせんべいな どを買いに少ない小遣いを持って行っては店先でメンコに興じる。現在の東京では、お台 場にヴァーチャル・ショップが出来て当時を懐かしむ大人や当時を知らない若者達でにぎ わっているそうですが、地方に行くと今でもこんなお店が残っていました。

 18年ぶりの優勝に沸く阪神タイガースの地元大阪の郊外、とある小さな商店街の真ん中 でたこ焼きから飴玉まで売っているお店、店の周りには子供達が自分の技を見てくれと 言わんばかりにスティックボードで走り回っている。近所のおばさんやお兄さん達も話が てらに寄っていく。ここには昔ながらの人情がある。今の新橋、港区、東京、いつのまに か人情の薄い人が増えてしまったみたい。というよりは余りにも知らない人が増えてしま いコミュニケーションが取りづらい、知らない人は怖い、面倒くさい、だから知っている 人とだけしか関わらない。でもそれだけでは寂しい。合コン、出会い系サイト、ケータイ、 メール、都会人病、現代人病にかかってしまう。あの町の小さな商店街の人々は3日も歩き 回ればそこそこ顔馴染になれそうで自然と挨拶を交わしてしまう。新橋もそんな街に戻さ なくては。「いらっしゃいませ、こんにちは」のオウム返しではなく、「こんにちは」の 挨拶から笑顔が弾む一人一人の会話へ。

P.S. 寅さんもどきの香具師の口車に乗って、なけなしの小遣いをはたいて買った “がまの油”ちょいちょいと付けて、帰りがてら傍らの石を拾って空手チョップ、おじさ んは割れたのに自分がやったら手の方が割れて血がにじんできた。これって何なの?小学 生を騙すなんて何とひどい奴。(当時小学生だった縁日好きの男性の実話)

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